昔の日本人は煙とどう付き合っていたのか?
囲炉裏・火鉢・かまど・五右衛門風呂の暮らし
最近では薪ストーブの煙やPM2.5について議論されることがあります。
確かに煙には様々な成分が含まれており、現代では煙をできるだけ減らすことが求められています。
しかし少し歴史を振り返ると、日本人は長い間「煙と共に暮らしてきた民族」でした。
今では煙を嫌うことが当たり前になりましたが、つい100年ほど前までは、煙は暮らしの一部であり、生活そのものでした。
囲炉裏には煙突がなかった
今の薪ストーブには煙突があります。
しかし本来の囲炉裏には煙突がありませんでした。
囲炉裏で発生した煙は、
囲炉裏
↓
部屋
↓
屋根裏
↓
屋根の隙間
という流れで外へ出ていました。
現代人から見ると驚きですが、昔の農家ではこれが普通でした。
囲炉裏のある部屋では、煙がゆっくりと天井へ上がり、屋根裏を満たしながら少しずつ外へ抜けていきます。
そのため家の中には常に煙の匂いがありました。
なぜ煙を家の中に通したのか
煙が家の中を通ることにはデメリットだけではありませんでした。
煙には
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防虫効果
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防腐効果
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防カビ効果
があります。
そのため囲炉裏の煙で燻された梁や柱は虫が付きにくく、腐りにくくなります。
築100年以上の古民家の梁が今でも健全な状態で残っているのは、この煙の効果も大きいと言われています。
また、屋根裏に住み着く虫やネズミを遠ざける効果もあったと考えられています。
昔の人は化学薬品を持っていませんでしたが、煙という自然の力を利用して家を守っていたのです。
煙は人と野生動物の境界線でもあった
近年、全国で熊の出没が大きな問題になっています。
もちろん熊が増えている理由は一つではありません。
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人口減少
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山林管理の変化
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放棄された農地
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ドングリの不作
など様々な要因があります。
しかし古民家や里山の暮らしを見ていると、もう一つ大きな変化があるように感じます。
それは
「煙が消えたこと」
です。
昔の農村では、
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囲炉裏
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かまど
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五右衛門風呂
-
野焼き
によって毎日のように煙が上がっていました。
朝にはかまどの煙。
夕方には風呂焚きの煙。
秋には畔草や落ち葉の煙。
集落全体が人の気配に包まれていました。
煙そのものが熊を追い払っていたかどうかは分かりません。
しかし少なくとも、煙の上がる里山には人の営みがありました。
人が薪を集め、
山へ入り、
畑を耕し、
草を刈る。
そうした活動によって人と野生動物の境界が維持されていたのだと思います。
現在は
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囲炉裏がなくなり
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かまどがなくなり
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五右衛門風呂がなくなり
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野焼きも減りました
煙突から煙が上がる家も少なくなりました。
便利で快適になった一方で、人の気配は以前より山から遠ざかっています。
その結果として、かつては人の生活圏に近づかなかった動物たちが、集落のすぐ近くまで現れるようになったのかもしれません。
煙は単なる排気ではありませんでした。
山から見れば、煙の上がる家は
「ここに人が暮らしている」
という目印でもあったように思います。
古民家とは単に古い家ではない
私は古民家とは単に築年数が古い家ではないと思っています。
もちろん法律上の定義や様々な考え方はありますが、私自身は
「囲炉裏やかまどの煙で燻され、梁や柱に煤が染み込んだ家」
こそが本来の古民家だと感じています。
実際に古民家の屋根裏へ上がると、
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梁は真っ黒
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柱も真っ黒
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独特の燻煙臭
があります。
これは何十年、何百年という人々の暮らしの痕跡です。
単なる古材ではなく、その家で暮らした人々の歴史そのものが刻まれています。
私はこの煤こそが古民家の価値の一つだと思っています。
私が住んでいる古民家の話
私は現在、移築当時で築160年の古民家を移築し、自分で内装や外装を作りながら暮らしています。
古民家に住み始めて驚いたことがあります。
それは、
今でも梁や柱からヤニが出てくることです。
真夏の暑い日や、薪ストーブをしっかり焚いた後などに、柱や梁の表面に小さなヤニがにじみ出てきます。
最初は驚きました。
しかし今ではそれを見るたびに、
「この木はまだ生きているな」
と感じます。
160年以上前に伐採された木なのに、今でも温度や湿度に反応している。
古民家の魅力は建物だけではなく、そこに使われている木材そのものの生命力にもあるような気がしています。
実は囲炉裏を作ることも考えていた
古民家を移築して改装していた当初、私は囲炉裏を作ることも真剣に考えていました。
古民家といえば囲炉裏。
囲炉裏のある暮らしに憧れたのも事実です。
しかし改装を進める中で、現実的な問題にも気付きました。
囲炉裏の魅力は煙も含めた文化そのものにあります。
煙が梁や柱を燻し、
家を守り、
独特の空間を作る。
それこそが本来の囲炉裏です。
しかし現代の生活環境で考えると、その煙や煤が日常的に室内へ出る暮らしを家族が受け入れられるかという問題があります。
私自身は理解できますが、毎日の生活となると話は別です。
家具や壁、衣類にも臭いが付きます。
当然、天井や梁にも新たな煤が付いていきます。
それは囲炉裏の魅力でもありますが、現代住宅の感覚からすると負担に感じる人も少なくありません。
そこで最終的に私は囲炉裏を断念し、その代わりに薪ストーブを導入しました。
薪ストーブは現代版の囲炉裏かもしれない
薪ストーブは煙を煙突から屋外へ排出します。
そのため
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室内に煤が舞わない
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洗濯物に臭いが付きにくい
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目が痛くならない
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家具が汚れにくい
という現代生活に適した利点があります。
一方で、
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火を見る楽しさ
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薪を焚く楽しさ
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暖房と調理の文化
は囲炉裏から受け継いでいます。
私は今でも囲炉裏のある暮らしには憧れがあります。
しかし築160年の古民家に実際に住んでみて感じるのは、
現代の暮らしと伝統的な暮らしのちょうど中間にあるのが薪ストーブなのではないか
ということです。
囲炉裏の文化を完全に失わず、それでいて現代の生活にも適応できる。
薪ストーブはそんな存在なのかもしれません。
昔の人は煙臭くなかったのか
現代人が古民家へ行くと
「煙臭い」
「煤臭い」
と感じます。
しかし当時の人は毎日その環境で生活していました。
着物も布団も家も煙で燻されていました。
つまり煙の匂いが生活臭だったのです。
現代の喫煙者が自分の煙草の匂いに気づきにくいのと似ています。
昔の人は煙の害を知らなかったのか
そうではありません。
昔から
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目が痛い
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咳が出る
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煙い
ということは経験的に知られていました。
しかし当時は
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エアコン
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IHコンロ
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ガス暖房
などはありません。
暖房も調理も煙を受け入れるしかなかったのです。
煙の不便さを知らなかったのではなく、それ以上の価値を見出していたと言った方が正しいでしょう。
まとめ
昔の日本人は煙の中で暮らしていました。
しかしそれは単なる我慢ではありません。
煙には
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暖房
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調理
-
防虫
-
防腐
という重要な役割がありました。
そして古民家の梁や柱に染み込んだ煤は、その暮らしの歴史そのものです。
私自身、築160年の古民家に住みながら、今でも梁からにじみ出るヤニを見るたびに、この木材が今も生き続けていることを感じます。
また、昔の里山では煙は人の営みそのものでもありました。
囲炉裏の煙、かまどの煙、風呂焚きの煙、野焼きの煙。
そうした煙が立ち上る風景は、人と自然の境界を示していたのかもしれません。
現代の薪ストーブは煙を外へ出しますが、そのルーツを辿れば囲炉裏やかまどの文化につながっています。
煙を完全に否定するのではなく、煙とどう付き合うか。
それは昔も今も変わらないテーマなのかもしれません。